統制機構としての言語2

非争点的内容 not-at-issue content とは,有無を言わさず,会話の担い手が少なくとも会話の中で認める背景知識のようなものに影響を与える.スタンリーの提案は,自由民主主義におけるプロパガンダの特徴とは,通常の内容としては理にかなったことを述べていながら,非争点的内容を通じてそうではないことを伝え,陰湿に自由民主性を損なうというものである.

ではまずどの単語のどのような内容がスタンリーの念頭にあるのだろうか.

「福祉」にあたる “welfare” という単語に関して,スタンリーは次のように述べる(p.158).

ニュースメディアが都市部の黒人の映像と “welfare” という単語の言及を関連付けるとき,“welfare”は「黒人は怠け者だ」という非争点的内容を獲得する.

「黒人は怠け者だ」のような内容は「社会的意味」(social meaning)と呼ばれ,法理論の枠内などで検討されてきたとされる.例えば,婚姻制度は社会的意味を持つとされ,配偶者同士経済的に協力する,という内容が含まれる.単語ももちろん社会的意味を持つ場合があり,例えば「賄賂」という単語には,その金品のやり取りが「なされるべきではない」という内容が含まれている.スタンリーはそれと同じように, “welfare” という単語にも,総称文によって表現されるステレオタイプが社会的意味として関連付けられていると述べる.

70年台,シカゴ・トリビューンがとある犯罪者を高級車を乗り回す “welfare queen” (日本風に言うならば)「生活保護の不正受給女王」として記事に書き,レーガンが選挙中に,15万ドル以上を「荒稼ぎ」する「生活保護の不正受給者」としてこれをとりあげた.実際のところ,この収入は強盗によって生み出されたもので,生活保護でそれほどもらえるわけもないが,この都市部(inner city)の黒人である“welfare queen” というイメージは,アメリカでの社会保障制度にまつわる議論において欠かされないモチーフとなった.そして,ある程度の年齢の人物すべてが, “welfare” という単語を耳にするだけで,「都市部の」「黒人の」 “welfare queen” が頭に浮かぶようになっているのだ.

アメリカにおける “welfare” の普通の意味としては,いろいろな社会保障の「制度」を指すに過ぎない.しかし,上記の社会的意味によって, “welfare” を用いるだけで,黒人について,ある意味,語らずとも語ることができるとスタンリーは考える.例えば,共和党(現在下院議長の)ポール・ライアンが,社会保障制度は都市部における “work ethics” や文化における問題を作り出し,貧困層を生み出してしまう,と訴えた.しかしこれはすぐに別の議員に指摘されたように,「都市部」や「文化」は,「黒人」の言い換えに過ぎない.アパラチア地方の白人貧困層は非常に深刻な問題を提示しているが,白人貧困層に対して文化的問題がある,とは主張しないだろうからである.

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